東京地方裁判所 昭和28年(ワ)4191号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実〕原告は被告が賃料の支払を数カ月怠つていたため期間を定めてその支払を求め、期間内に支払わないときは賃貸借契約を解除する旨の条件付解除の意思表示をし、裁判所は右意思表示を有効と認めて、本件賃貸借契約は解除により終了したものと判断したが、被告はこれに対し留置権の抗弁を主張した。すなわち本件家屋に関する修繕費は折半負担の約束であつたが、被告は原告がその費用の支出に応じないので、五万円以上の自費を投じて屋根、塀、垣、井戸、畳、ふすま、障子等を修理したから、原告がこの費用を償還するまで本件家屋を留置するという。
〔判断〕判決は、次のように修繕義務者は賃借人たる被告であると認めて、被告の抗弁を排斥した。
「民法六百六条一項は、賃貸人は賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う旨を規定しているけれども、右規定は契約自由の原則が支配していた時代に制定されたものであつて、その制定の主要な理由は、賃貸借は有償契約であり、賃貸借に当つては、貸主は需要供給の法則による制約は別としてともかくも賃貸物の修繕費を含む賃料を定める自由を有するという点にあつたものとすべきであるから、賃貸借についてかような基盤が失われ、賃料が法令により統制されるような事態に立ち至つたときは、右規定の適用はその法令の内容に即応して制限を受くべきものと解するを相当とするのであるが、いま問題を家屋の賃貸借に限定して論ずべしとせんか、賃料が昭和十五年以来法令により統制されるに至り、殊に終戦後の地代家賃統制令による終戦前の建築に係る家屋の賃料に関する統制額が一般物価の昂騰を無視するものであり、貸主がその内に修繕費を見込み得ないものであることは顕著な事実であるから、前記民法の規定は右統制令に即応してその適用の制限を受けるに至つたものといわなければならない。しからば賃借家屋の修繕は何人がこれをなすべきであろうか。当裁判所は前記のように貸主が修繕費を見込んだ賃料を定める自由を奪われていることに顧みて終局的に貸主の利益に帰すべき家屋の保存に必要欠くべからざる修繕であつて、これを賃借人に期待することが酷に失するような修繕以外の修繕は、賃借人が義務としてこれをすべきものであると考える。
さて、この見地から被告の抗弁の当否について見るに、本件家屋の昭和二十四年六月分からの約定賃料が統制額以下であることは先に認定したとおりであり、またそれ以前の八十円又は二百五十円の賃料が修繕費を見込んだものでないことはその数額に照らして推認するに難くないから、原告は義務として本件家屋の修繕をすべき場合もあつたものとしなければならないが、被告主張の修繕はその主張自体からして先の説示にいわゆる賃借人の義務として被告がすべかりし修繕に属するものと推測されるのである。」
かように説明したうえ、判決は、修繕費について折半負担の特約があつたことを認めるに足る証拠なしとして、被告がその主張のような修理をしたとしても、被告は原告に費用の償還を求めることはできない、と判示している。
なお判決は、前段の理論について「昭和二十七年十二月四日建設省告示第一四一八号により同月一日からの統制額は事実上は別として理論的には家屋の主体の修繕費をその内に含ませたものとされているから、本文の説示は前同日からの事態については全面的には妥当しないかも知れないが、本件における賃料はそれ以前の統制額の範囲内に属するものであつて、右告示とは無関係であるから、同告示の下における修繕義務についての説明は省略する。」とふえんしている。